心のメモ帳にようこそ。
このブログが皆様のお役に立てますように。
愛後遺症について第一章の部分の補足にもなります。
過去に一体何が起こっていたのかを知ることは、
あなたの【愛する種】がどんな状態だったのか。
また有るにもかかわらず、
事情があって固い殻の中でまだ目を出すのを待っている現象を指します。
赤ちゃんの頃、
養育者を全力で愛していた眼差し。
そこに嘘はありません。
無条件に長く深く続くその感情(=愛する=種)を基に相手を見ていましたね。
ただ、その相手から愛が返ってこなかった体験を繰り返しました。
それはとても辛かったはずです。
親も若輩者です。そういう年齢です。
【愛する】ことを学んでいなかったかもしれない。
命を授かる・命を預かるということについて成熟していたとは言い難いです。
そういうたくさんの複雑な条件のなかで、
赤ちゃんに対して「○○であって欲しい」という思いに突き動かされてしまい、
【愛する】ことより【欲する】にすり替わってたのに気づかなかったのだと思います。
これが赤ちゃんの時から受けた心の傷です。
無条件の愛を注がれた経験が薄く、
条件つきの欲に適応するような体験を多く重ねてないですか?
今思い返してみてください。
「ああしなさい」「こうしなさい」「こうでなければいけない」
「こういうものだ」「こうあるべきだ」と、
それらの言葉をたくさん浴びてきませんでしたか?
何度も繰り返すうちに、
長く深く続く感情(=愛する=種)を念頭に置けず、
ついには【愛する種】を殻に閉じ込めて、
相手の条件に応えていかなければと心が変わっていきませんでしたか?
長く深く続く感情(=愛する情)は信頼をつくり上げていきますが、
欲情は合否を随伴するので不信をつくり上げていきます。
この二つの差は大きい。
これが愛されなかった後遺症となっていきます。
自己愛の欠如、自尊心の欠如、自己価値や存在意義の欠如となっていきます。
「○○になって欲しい」という心は、
自分に対しても、他者に対しても優先されてしまいます。
辛苦がどこまでも続く心になります。
このことをまず知って欲しいのです。
【愛する種】は、あなたのなかで休眠中。
今からそれを育てていけます。
育て方ってあります。
心育ってあまり聞かない言葉だけれど、
こういう分野があります。
わたし自身、もっと子どもの頃にこういう学習ができていたなら、
人生違っていただろうなと思ってしまったぐらいです。
心育は合理化教育とは違います。
紆余曲折のなかで個人の才能が活かされる仕組みです。
植物同様に二つと同じものが無いのだから、
ただひたすらに人育てに携わった経験者たちが残してくれた知恵の集大成です。
あなたはまず、
種をもっていることを自覚してください。
長く深く続く感情。
どんな事情や環境になってもそれが続くこと。
この感情=愛をまず自分に向けてください。
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