心のメモ帳にようこそ。
このブログが皆様のお役に立てますように。
続きです。
条件に沿わない行為だったので、条件に沿って行く行為にする。
という行動原理。
いっけん正解案のように思います。
しかしこの行動原理だけでは、
のちに下記のような誤解や錯覚が起こります。
相手が喜んでくれるなら、そのれはこの世の正解である。
相手が喜んでくれなかったら、それはこの世の正解ではない。
また、
相手が喜んでくれないなら、やらない。やる意味がない。
どういうことかというと、
承認されるための行為で覆い尽くされていきます。
つねに「他者」が介入していないと気が済まない。
それどころか、
それがすべての正解になってしまう心の世界観が作られます。
純粋な自発的はどこにも見当たりません。
つまり依存性。
自律性は見当たりません。
責任過剰型のひとが行為のすべてが義務と責任だけになっていくのも、
'他者の評価'や'見返り'などの反応を、
どこかで欲しがって行動している場合が多いのです。
ここで疑問に思う人は、こう考えてください。
他者(家族含む)が自分の行為に従ってくれなければ憤怒していませんか?
自分の意見や義務や責任に合わせてくれないと怒ってませんか?
これはどういうことかというと、
自分の行為が相手の役に立っていないと感じるためです。
拒絶や拒否に感じ、
見捨てられた感覚(分離作用が働いている)に不愉快になります。
ちょっと皮肉な内容になってしまっていますが、
心をよく観察するには必要な情報ですので掲載しました。
「相手が悪い」と不快になるとき、
そのときこそ行動を改める絶好のチャンスです。
一体誰の為なのか。
深呼吸とともに'この問い'は自制の助けになります。
試しにやってみてください。
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