心のメモ帳にようこそ。
このブログが皆様のお役に立てますように。
本日は長くなります。
分けないほうがいいと思いましたので一気に行きます。
お時間あるときにどうぞご確認ください。
不適切な心の働きが事を大ごとにしていきます。
今日のお話しは例を基に進めていきます。
社会でよくあるケースです。
自分を「優秀だ」「出来る人間である」とまわりに証明したい人はたくさん居ます。
承認欲求を満たそうとする行為ですが本人には自覚は無いことがほとんど。
頑張って出来る人でありたい。
会社で重宝されるような人物になりたい。
職場の人と友好な関係をつくりたい等、
いろいろと願望をもって就職します。
会社に入ると自分の持ち場を与えられ、
就労に必要な技術の説明が次々に行われていきます。
最初こそ明るい気持ちであったものの、
1か月と経たず心の雲行きが悪くなっていきます。
職場でのお話をすすめると、
本人は相当の努力をしているという視点です。
努力している自分を、
周りは快く評価しているようには思えないことや、
周りの人物が職場で不適切だ(あくまでも本人視点)と、
数多くの批判内容が次から次へと出てきます。
それらが無ければ自分の職場での能力はもっと上がると訴えてます。
ついには、
相手の批判を続けながらも、
自分の努力が足らない、自分はダメな人間だ、劣っているなどもはじまり、
周りから見下されていると受け取り、
日々不当な扱いと苦痛を受けていると訴えます。
心だけでなく身体症状まで現れている人もいます。
早く解決し、自分が会社で心地よく活躍している人物になれるようにしたいと、
話し続けています。
↓
さてこのようなケースは、
まずご本人視点の世界観をなるべく差異なく受け取って共有することです。
進めていくうちに、
感情の出口を見つけ少しずつ混乱が沈静します。
長らく続けていると、
ふとしたひと言が口から零れ落ちるときがあります。
それは、「こういうことがよく起こる」という言葉です。
自分が不快になった原因と責任を、
外に視ているのがくっきりしています。
一見するとご本人は被害者として考えられますが、
それが絶対的に確実なわけではないことが伺えます。
サロンでは、
まず本人の考察をしっかり受け取って、
そこから色々と展開していきます。
ケースの扱い方によって、
このような解釈の問題行動は、
この先もずっとずっと同じ轍を踏む危険なケースになります。
危険なケースになっているのは、
ほとんど中高年の年齢に達している人たちです。
若い年齢から場所を変え、人を変え、
繰り返し同様の体験を重ねてきています。
この危険なケースに関わっているのが『幼児的願望』です。
ご本人が不愉快なケースに今後も直面しなくて済むように、
彼らが持っている煙幕を取り除かないといけません。
このケースは、
『夢(妄想的世界観)』の実現を願いながら、まず会社に勤めています。
外部の対応が想像した通りになっていないとすぐ不快に受け取り、
自分の想像した解釈のほうを基準に他者が協力していないと視ています。
ご本人の考察は、
「外部が加害者で、自分が被害者立場である」と被害者意識の正当を訴えてますが、
さて現実・事実はどうなのか?ということなんですね。
クライアントが望む最終結果に、
社会や現実が追い付かないことはよくあります。
皆さまもご存じだと思います。
その時に、ただ悲観で終わるのか、抑うつになっていくのか。
また抑うつの原因は本当に外部が原因なのか。
よくよく精査しなければ事実上の解決には至りません。
心の不調、心の病気、数多くの身体症状は、
外部に原因と責任を見ていては解決はしません。
これは古く数年も前から言われ続けていることです。
身体に現れる不調や病気は、
そもそもその人の人格(性格)から発症しているに過ぎないからです。
そのため、
自分の外側に原因と責任を見ているうちは幸せにはなれないと伝えています。
人格(性格)は薬物療法では解決しません。
また現代社会においても、
国民の血税で成り立つ医療の現場では限界があります。
人育てやアイデンティティー形成においては、
医療の現場で賄うものではなく、本来家庭で行われるべきものだからです。
ですので医療や薬物療法の力を借りつつも、
自分で自分を育てる認知行動療法がプラスされる必要があります。
チャンスを逃がさないこと。
自ら手を出している煙幕を取り払うことです。
物の見方を改め認知を変えることと、
過去の不適切行動を本人が何より自覚を持ったうえでそれを選ばないようにすること。
別の行動を起用して取り組み続けるコーチングが行われて、
はじめて本当の成長があります。
ということで、
例に挙げたケースには、下記の考察が入ってくる必要があります。
会社に対して無意味な理想を当てはめて入社していなかったか?
出来る人間ってどういうことなのだろうか?
自分の得手不得手や能力の限界を本人は正当に認識しているのだろうか?
誇大や肥大ではないか?
劣等感や自己卑下の反動ではないか?
自分が場の中心人物となって物事全般が心地よく進むような想像をしていなかったか?
自分が困ったときは、周りは保護者のように介抱して入れることを望んでいなかったか?
初めから、周りは自分の心の安全と安心を先に必ず与えるべきだと思っていなかったか?
自分の先入観で相手の行為を決めつけていないか?など、
幼児的願望の存在と誤った認知を詳細にして整理整頓をしていきます。
この仕事をしていてよく思うのは、
ひと言で『理想の状態』といえど、
それはあくまでも個人的な脳のなかで行われ、
独断と偏見でつくっている物であって、
しかも、
とても「漠然」「曖昧」なものでしかありません。
幼児的願望があると緻密なものなんてものはないし、
現実的でもないし、
理論的に実現可能なものではけしてありません。
非常に幼稚で子どもっぽい世界観で構成されてます。
それを基準にしていて現実的解決はありません。
幼児的願望を脇に置き、
被害者意識とも他責ともサヨナラできる大人にゆっくりと変われます。
被害者意識を出さず、外部に原因と責任を観ないようにする訓練のなか、
本当の自分を直視する度量を育て、
許し受け入れていく体制がつくれると、
本来どう見るべきだったのか、どう対処する必要があったのかなどを、
自ずと練りだしていけます。
変化の風を吹かせるちからは、あなたのなかにあります。
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