心のメモ帳にようこそ。
このブログが皆様のお役に立てますように。
愛後遺症によって自分だけが傷ついているという意識。
=被害者意識
この意識は大きな誤解と波乱を呼んでいました。
本当の意味で理解しなければならなかったのは、
無意識の依存ゆえにそれが起こっていたということです。
愛が欲しいと無意識の依存
↓
どの要求も正当だ、だが現実ではその要求が通らない
↓
わたしは被害者だ
この道理を信じてしまったために、
家族に対してどんなことでも正当性を訴えて要求や道理を通した人たちがいます。
そしてその誤解に心底向き合ってかた人は、
相手に心からの謝罪がやっと適います。
家族だから許してくれるはずだと思って謝罪しているうちは、
けして相手の傷ついた心を苦しみから癒すことはできません。
人間は、
やった側はすぐ忘れるが、やられた側は一生忘れないという生きものです。
相手の傷ついた心を解くには、条件があります。
①自分の問題について、相手が納得するように因果関係を説明できるほどに理解している
②改善行動の日常的実施がある
③心からの謝罪がいつでもできる
①と②が無いうちは、口だけの謝罪と見破られるケースをよく目にします。
何処に発端があり、どこに問題があったか。本来はどうすべきだったのかと、
相手に対して物事を深く理解している真摯な姿が無い限り、
相手の苦しみは解かれず、
また癒されることもありません。
いわゆる浅い解釈のままを簡単に見破られてしまったり、
自分の危うい立場をただ守るだけの振る舞いだととるわけですね。
でもこれは本当のことです。
過去のブログでもご紹介しましたが、
懺悔と感謝の学習は幼児期から始まる心理発達課題です。
とても重要です。
本当の意味で物事を理解したとき、
自分の中にある「悪・不善・罪」を受容し、
本気の改善に向かえないという人間心理の学習ですから。
過ちという体験に関わったすべてのものに深く敬意を払い、
忘れずに活用するという意味が込められてます。
その学習が未完なために口だけの謝罪が行われるわけです。
・全部私が悪い
・自分の立場を理解させようと吹き込む
・自分の言い訳に意識が向かう
・謝罪の言葉を述べるのは負けと感じる
これらは典型的なケースです。
未達成のうちは会話のなかで現れます。
ずっと自分だけが被害者だと思っていた立ち位置が崩れたとき、
そこに関わっていた人たちの存在が今までとは違って見えるはずです。
その関係をどうするのかはあなた次第です。
いくつになっても親子は親子。
この世にいる限りの縁だからこそ、とても大事にしたいものです。
親子のなかであっても、
心を込めて謝罪できる関係が絆ではないでしょうか。
切ることの出来ない重い鎖より絆を。
進んで選んでいきましょう。
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