心のメモ帳にようこそ。
このブログが皆様のお役に立てますように。
皆さま『戒律』ということばをご存じでしょうか?
これ厳密には『戒・律』と分けられます。
本質的に意味が違います。
自戒という言葉は、
自らが自分を戒める。取り締まるといったほうがわかりやすいかもしれません。
自分が自分のために、
他者を一切介さずつくってルール(お約束事)のことです。
自分が自分の為につくってますかが、
いつでも変えられますし、増やすこともできれば減らすこともできます。
この『自戒』があるひとを現代用語で自律性を持った人といいます。
つまり自立者です。
では『律』は?
どんな意味があるのでしょうか?
ヒントは規律。
『律』は、
集団や組織など、所属するうえで守ってもらう必要があるお約束事です。
あくまでもその組織を運営可能にするためが目的です。
二つは意味が違うので、
どちらも持つ必要があります。
しかし、
愛後遺症のような機能不全家族や、
集団意識優先だけの人格者に養育されると、
この自戒を知らずに大人になります。
・みんな○○だから
・そういうものだから
・そうしなさい(強迫・強制・強要)
というように、
規範の型にはめ込む教育法になります。
そして、
そこからずれることは悪。
罪であるという意識を活用し主従関係に収まります。
思い当たりませんか?
集団意識(誰かの意向)に従わせるためには、
自戒は邪魔なものになります。
なぜなら、
二つは異を唱えることがあるからです。
話を戻しまして、
『自戒』は単独行動するとき要になります。
自分で自分を活かし生きることを可能にするのには、
その場をどう活用していくのか、
一体どれが適切な行為か、
自分で自分のために分別・選択する必要が出てきます。
これには、
単純明快な答えなどありません。
曖昧で不明瞭な仮説を軸にいったん実行し、
実証へ向けて体験を重ねていき、
失敗のなかから一番適切な約束事や対処法を見つけることになります。
この手間を面倒だと思う人は、
外にあるもの、外から与えられることを鵜呑みにして行動の軸にするはずです。
これが依存行動の根っこにあるものです。
たとえ家族や集団の中に居ようとも、
単独で行動できる強さを持つには、
日々の暮らしのなかで、
自分で自分を支えるお約束事と、
それを守らせる実行力や忍耐力をつくる体験が積み重なって、
やっと備わるものです。
他者から言われた通りにしないといけない、
もしくは、
他者は自分の言った通りにしないといけないという関係があるところ、
愛後遺症者の依存関係の形です。
あなたは「自戒」をつくって持ちましたか?
人の言いなるか、
人を言いなりにするか。
このような抑圧と規範に依存した人間関係に嫌気がさしているなら、
自分で本当の自分を受け止め、
自分を理解しルールをつくり上げていく生き方に身を置いていませんか?
☆湘南茅ケ崎Salon Hanamizukiホームページ☆