心のメモ帳にようこそ。
このブログが皆様のお役に立てますように。
自分が自分を大切に扱って成長する道を選べるなら、
他者もそれをやっているはずと、
必然的に思えるものです。
物事を肯定的に視る意識が強化されると、
自分では思いつかない案もあるという視点に立っていきますから、
他人の意見に対して拒絶をすることなく取捨選択が可能になります。
ここが歪な自己愛との差です。
他者は敵ではありませんし、
ましてや、
そもそも支配権や主導権を争うための意見交換ではありません。
自分で自分に適応させるかどうかは、
自分で判断する力が体験するたびに備わっていくため、
自律性、自己管理能力が育ってくれるわけです。
人の手から離れた自律性なくして、
自立は叶いませんからね
また、
体験から得る結果は罪や恥で片付けていいものではなく、
現状を把握するための最も大切なギフト。
個人の育成に時間はかかるし、
道筋があるという原則も生まれますね。
だからこそ、
偏見に至らないのです。
同一に持っていこうとするほうに違和感を感じます。
変化をしつつも自己という根幹は揺るがない。
これが本来あって欲しい人格はなずです。
偏見に至る自己満足は、
そもそも自分が他人に支配されるように感じるからです。
他人を遠ざけておきたいという思いがどこかにあるからではないでしょうか。
おそらく否定的という苦い経験から、
I am OK. You are not OK.を覚えてしまったがために、
排除したくなる欲求のほうが強まるのだろうと思います。
こうして長々と説明してますが、
『肯定的』という意識作用がわたしたちには大事です。
罪や恥、
恐怖で人を誘導する教育とはまったく違った体験になるはずです。
肯定的 = 愛する
といっても、過言ではないと思います。
(愛は許すだっけか、、、、)
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