心のメモ帳にようこそ。
このブログが皆様のお役に立てますように。
人に認めてもらえなかったら確かに辛いです。
次から次へと起こる日常の出来事に、
対処ができず積もり積もって憎悪も恨みもあっただろうと思います。
ましてや長年、自分で自分を認めることをしてはいけないと思っていたとしたら、
その手段しかなかっただろうと思います。
よくある誤解なのでしっかり分析して学習しましょう。
課題①自分に対して厳しいジャッジが行われたと想って不愉快が暴走していないか確認
→【愛する】を持ち出して、人格を全否定されたわけでは無いと意味づけます。
→【大切する】を持ち出して、過去のことを持ち出さずに目の前の事だけに注目する
課題②自他の責任範囲を曖昧にしたままジャッジしていなか確認
→お互いの責任範囲が曖昧だと双方にとってリスクを伴います。【責任を取る】を持ち出し、
自分で出来ることもあすはずです。(特に感情に関すること)諸事情を冷静に視るように。
課題③不愉快に見舞われた事情を、死活問題だと錯覚していないか確認
→私たちの日常は想像通りにいきません。何かしら起きます。起きることを許し、
起きたことのなかに【学習する】内容が含まれているだけです。
課題④どちらかが悪者のように解釈をして片付けようとしてないか確認
→自己防衛の対話にするのではなく、自他が協力して変化するほうが役に立ちます。
勝ち負けで捉えることを止めると、変化が自他の役に立っていることが見えてきます。
【人の役に立つ喜び】とは、お互いの影響を受けつつ成長し合う体験です。
課題⑤お互いが違いを認め合わない共依存・依存者同士になってないか確認
→【違いを認める】ということは、お互いの歩み方、言動、行動、手段が別でよいということ。
双方の違いのから新しい落としどころが現れ、それを受容するところに人生があります。
いつまでも根に持って相手をコントロールしようとすると、
その段階で自分の成長も時間も止まります。
人を憎むと前に進めません。
また、
相手に自分を求めさせようとしても前に進めません。
精神的発達とは日常の行為によって培われていくものなので、
①~⑨のやり方に固執することはお勧めできません。
これからは、
話しや意見が違うのは当たり前。
意見の違いが現れるのは当然だと心構えが変わっていくことが回復です。
人間の行動は予想外が当たり前w
そんな寛容さが心に在ったら、
自分にも他人にも優しい暮らしが可能です。
そのほうが気持ちはかくだん楽ですよ。
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