先日、動機を忘れるといいましたね。
承認を得る歓びのほうが強く、
動機を忘れるのが人間なんですね。
報酬系回路って凄い力を持ってます。
人間のエゴは教わらなくても、
都合が悪いことはないことにする知恵を持ってます。
人である以上そのことを知っていく必要があります。
そして、
だからこそ振る舞わされないように真摯に勉強するといいと、
教わりたいですね。
そうすれば隠すことも、
無下に扱うことも、
卑下することもないだろうと思うのです。
そうした教えを知らなかったから、
愛しているようで愛してない。
支配しているという感覚もない。
愛しているかどうかはわからないけど、
これも一応、
相手を愛している行為だろうとは思っている。
そんな感じではないでしょうか?
子どもの頃に覚えたものですから、
過ちは過ちとして、
誤った見解としてガツッと受け取って学び直したらスッキリすると思います。
なによりそれが救いですからね。
子どもだったから、
愛と欲は別物だってことを知らなかった。ではないでしょうか。
もしもそれが愛ならば、
相手側が自由に選ぶ権利を許します。
つまり断ったっていいのです。
一番大事なところなのに、
そのことを親から学んでいません。
それが不運です。
だから出来るわけもなくて当たり前です。
思いやりと愛で始まったことなら、
それは怒る対象ではないってことを今学ぶことがポイントですね。
なかなか区別が難しいと思いがちですが、
愛を学んでしまえばその分別は簡単につきます。
つくものなのです。
そうだいい例があります。
幼い愛は相手を縛る、
大人の愛は相手を自由にする。
これはホントです。
伴侶であれ独占欲は愛じゃありません。
嫉妬と怒りのかたちです。
ただの欲。
今の時代ならモラハラとハッキリ指摘できます。
こうしたケースは、
アダルトチルドレンが起こしてしまうケースとして筆頭に挙げられます。
相手を理想に当てはめていて、
欲が暴走して執着していたところに、
相手の本当の姿が見え隠れして、
途端に冷めたってことがあるじゃないですか?
これなんて、
愛は初めからどこにもないケースです。
強いていうならば、錯覚を起こしていたケースです。
理性的に分別できる段階ではなかっただけのこと。
錯覚したままで身についたものが改善されない限り、
生涯に渡り『その人の愛し方』になります。
明日は再確認も含めてまして、
よくありがちな共依存病理の利己主義をご紹介しますね。
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