心のメモ帳にようこそ。
このブログが皆様のお役に立てますように。
::::今を見つめ直す 不愉快のもとは何?::::
優しい人ほのうが、
他者の存在を重んじて自己犠牲を強いてしまうことが起こります。
自分を出すのを控えるのが美徳と習っているはずです。
そういう社会慣習が日本文化には根強く残っています。
とてもいいお話しに視えますね。
そのいい面の影で、
人知れず人を利用する思惑も静かにあります。
優しさを利用するというもの。
これは組織存続のときに利用されやすいもの。
上に立つ者にとても有利に事が運びます。
優しい人は人を観る目を培わないと、
あなたの力を搾取する目的で利用されるにとどまります。
人間の卑しい面も学ばないといけません。
他者を重んじる努力を自分に強いて、
等身大の自分の要求や気持ちを押し殺しているような状態だと、
その無念がいつしか自分に向いて侵食を始めます。
本当の意味で他者に奉仕しているのとは違い、
この事情は心残り、いわゆる悔恨を残します。
たとえその時は微量であったとしても、
塵も積もれば山となります。
自分を押し殺したことによって起こるのが身体症状です。
等身大の自分の身の丈に合わないことを続けた結果です。
自己犠牲精神を念頭に置いて他者に奉仕する人が、
全員果報に恵まれるとは限りません。
周りのことや他人のことを、
いつも気にかけていれば必ず幸せになれるという道理は、
精神的発達そのものが不明瞭な子どもには通用するだろうと思います。
現実・事実は違います。
本当の自分をないがしろにしたところに不運が起こります。
またその逆で、
自分の責任において自己学習しながら行動する人に、
良い運がなぜか引き寄せられていきます。
それぞれが持つ『命』が喜ぶ生き方とは、
命(自分)を心底理解して活用しようとする生き方だと、
体験のなかで密かに教えて続けているのです。
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