誰かを嫌悪していたり、敵意をもっていることへの罪悪感が現れた場合、
そんな自分に自分で罰を与えることをします。
自責ですね。
そして償いをしていきます。
自分の心理的な反応に「罪」の意識を感じて、
誰に言われるのでもなく責め続け補償させていきます。
罪の意識を軽くするために、
自ら背負って償いをしなければいけないと思い込んでやっていきます。
子どもの頃にほとんどの人が経験しています。
親に叱られたとします。
隠さなくっちゃと嘘を言います。
嘘をついた自分を責めて凹み、バレることを心配します。
イイ子にしようと振る舞っている間は心配が付きまといます。
許してくれるだろうか‥‥と。
頑張り続けます。
しかしその心配は、嘘がバレたと同時に無罪放免で安心に変わります。
あぁ見つかっちゃった…と罪悪感に浸りながらも安心する。
罪(心配)→自罰を考える→安心するってシステムを利用して、
罪悪感から反省へと繋がり行動改善するチャンスとなれば万々歳です。
ところが、
使い方を間違えるとマズい。
罪(心配)→自罰の内容を間違える→心配が増える→さらに自罰を増やすのループ。
これで問題が大人になるまで定着し人格になります。
心配性で他者に承認して貰うまでやめられなくなるのよ。
先日のブログで、
≪「その人が好きになることはないと前提して、その行為をやり続けますか!?」と、
質問すると、答えは「NO」が返ってくることがほとんど≫
このような事態が起こるのは、
罪(心配)を解消することが目的で行動しているためです。
相手が心地よく了承や容認をしてチャラにならないなら、
やる意味がないと感じてしまったからですね。
一瞬の正直。
心って嘘つけないんです。
潜在意識に相手を心底嫌っている自分がいるとします。
顕在意識でそれを表に出すわけにはいかないぞとブロックをかけます。(抑圧と心配)
そんな悪い子はいけない。(自責)
受け容れ難く罪に思えます。(罪悪感)
そんな意識を持っていること自体が、悪いことだと潔癖意識があるために、(白黒思考)
必死に隠して真面目に好意的行為で償おうと、(反動形成)
わざわざ長期間巻き込まれていっちゃうんですね。(強迫観念)
よくやったねって褒めてもらえたら、
無罪放免。(承認欲求と報酬と安心)
また相手が自分に嫌悪しているのがわかれば、
劣等意識が湧きます。
そこで相手にどうにかして好きに変わってもらって、
自分の中の劣等意識がきれいさっぱりなくなってくれたら嬉しい。。。と思う。
遂に彼らに勝ったすごいぞ。外部の環境が変わった。
劣等意識を優越感で庇うそんな優越欲求も必ずあります。
良く堀り下げれば、
≪相手にどうにかして好きに変わってもらって、
自分の中の劣等意識がきれいさっぱりなくなってくれたら嬉しい。
よくやったねって褒めてもらえたら無罪放免≫
この心理は、
相手を巻き込まなければ解消できない癒着状態ですよね。
寄りかかった状態でなんとかしようとしてます。
これは境界性と自己愛性の問題が残っている証です。
こんな風に巻き込んでいく人と、
巻き込まれていく人との間には、
承認欲求+優越欲求+癒着依存性の3点セットが関わっています。
目に見えない繋がりがあって起こることなんです"(-""-)"
基本的不信感スタンスって、
やめたほうがイイです。
今日はここまで。
まだ続きがあります。
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