毎日だから気づけなくなっていくのだろうと思います。
人間は「脳の認知」によって、
大きく人生が変わっていくのだなと、
痛感させられる場によく出会います。
人生哲学や宗教思想や道徳観の中に、
『本能を超越せよ』たる言葉が連ねてありますが、
それは人間の本能を良く理解して、
知的に改善かつ活用していかないといけないのだよと、
教えてくれているのですね。
単発で聞くとちょっと怪しいと嫌厭する人も多いですが、
真理の前に心理を学んで深めていけたら、
意外な発見が沢山あって馴染みやすいのではないかと思います。
ブログの内容を上手く活かしてください。
では本題(^^ゞ
心配するのは命を守りたいから。
妬みは人よりも良いものを持っていたいと思う優越から。
僻みはより優れた人生が欲しいのと後代に残したい感情から。
だから他人が褒められているのは嫌いです。
だから他人を褒めることも苦手です。
自分が手に入れていないものを持っている幸せそうな人を見るのは嫌です。
(隣の芝生は青く見えるの諺さながら)
僻みは命を後代に残せないと思うほど強くなると言います。
欲が深いのか、それとも愛が深いのか。
片手間では見分けられません。
愛が深いほど、仲間を守りたい一心でモラルから外れるものを、
排除しようと常軌を逸する行動に出ることが人にはあります。
三大欲求から生まれる自然な感情の一つなのよね。
だからその扱い方を人間に生まれたなら、
学ぶことが課題なんだと思います。
ちょっと横道ずれます。
会社経営者にとっては会社も子と似ていますでしょ。
会社には従業員がいます。
従業員には家族がいます。
沢山の子孫が居るようなものです。
子孫繁栄を願っているのは、人間でなくとも動物なら自然な感情とも言えます。
子孫繁栄が出来ないかもと思うとき、
競争心に火がついて攻防を繰り返します。
そのために悪口で責めたり悪評を吹聴し、
他社を陥れるようなこともします。
この世の中では、
個人の欲求を満たすための排除は問題になりますが、
集団の欲求となると問題にならないことが多いです。
良く観ると個人的野心の問題が必要な戦略としてすり替えられ、
多くのことが目を瞑られていたりもします。
企業の場合では許されるんだから、
個人も許されるのだろうと特権意識を持ち出して、
安易になるのはいかがなもんでしょうか。
巻き込まれた側にしてみれば簡単に割り切れることではありません。
不安と心配が傾き過ぎたときにおかしくなっていく。
偏見から過ちが起きてしまうのだろうと思います。
脳構造的において、
愛着の形成や安心感を与えるオキシトシン分泌ホルモンが、
過剰に放出されている世話焼きさんや、
仲間意識が過剰に強い人は、
思い通りにならない行動をする人を見ると、
家族であっても、仲間であっても、
徹底的に従わせようと攻撃をやめたがらないと言います。
優しい人が暴力的に一気に転じることがあると。
愛がなさすぎても、多すぎても常軌を逸する行動になるのだろうと思います。
100%を求めて競争し暴走するよりは、
お互いの利益を考え、
ある程度の譲歩によって共存をする方がやはり利口なように思います。
どんな形式やルールがあったらお互いの心を守れるのか、
探り当てる必要があると思います。
僻みは同時に自分への蔑みが起こっています。(←ポイント)
蔑みをやめる手立てを考え出す工夫が必要です。
どうも嫉妬や不愉快、天邪鬼な行動をする傾向がよくある。(脳の癖を受容)
↓
他人と比べない。(一旦停止、知的活動を発動)
↓
既成観念や情報を追いかけ心配を膨らませない。(愛する力で包む)
↓
他人の美化は、自己への蔑みから起こっているとする。(歪曲を発見する)
↓
自分で自分の良い所を見つけて華美加飾せず褒める。(外より内に目を向ける)
↓
価値分析して意識を刷新する。(否定<肯定力をアップする)
こんな風に普段使っている認知を、
調整してみたらいいのではないでしょうか。
いずれこれをやっていたら自分の知的活動も成長して、
その中で自分らしくいられると思いますが。
敵意など持たず、
周りが気にならなくなることが出来るようになることを目的としましょう。
感じていることを、
どのように解釈をして、
行動に移していくのか。
それは脳による認知で決まります。
考え方一つで行動を変えてしまえるのも、
認知のあるおかげです。
脳とは上手にタッグを組めたら幸せですね(*'ω'*)♡
写真 PMRF
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