心のメモ帳にようこそ。
このブログが皆様のお役に立てますように。
:::過去に気づいて、肯定・受容して、手放そう:::
ちょっと想像してください。
3歳のころの解釈が修正されずにいたらどうでしょうか?
想像するとちょっと怖くないですか。(わたしだけかしら)
小学生の頃に得た情報が間違いなく正解と言えるでしょうか?
道理も因果関係も本当に理に適ったものでしょうか?
サロンでよく取り上げるのが『虫』の例です。
目の前に『虫』が現れたときの反応パターンって、
ホントに人さまざまです。
うぎゃーと大騒ぎする人もいる一方で、
可愛いじゃんと手づかみで部屋の外に放してあげる人もいます。
これ『認知』が関わってます。
厳かに進めている講習会のときに、
『虫』ひとつに大きな声で騒がれたら、
その人のほうが『虫』より迷惑ですってなりかねません。
その一方で、
『虫』を怖がった人は自分の行為は正当だと思ってます。
庇ってもらえなかったとして、
同席した人たちに憤怒を向けるかもしれません。
その認知でその先も暮らしていくのですから、
ズレから生じる問題がどんだけ出てくるんだろうかと想っちゃいます。
話を戻します。
考え出したらきりがない膨大な情報を元手に、
わたしたちの生活は今も成り立ってますが、
それぞれの認知の違いを意識に上らせたことがありましたか?
認知の違いに気をもんだり争ったりしているなら、
認知は個人の脳で行っている世界観構成なので、
同一であるわけがないんだと、
今真実を捕まえてしまえば悩みは減りますよ。
争うより理解する。
その人が身につけている道理や節理を解読しようとするほうが、
断然お互いのためになります。
認知の問題は、
わたしたちの身近に存在します。
暮らし方そのものにすでに入り込んでいますから、
放置することが賢明とは言えません。
チャンス到来と思っていただきたいです。
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