甘えられるかどうかの判断基準で人を裁いてしまっていた事実は、
2023年3月10日金曜日
焦らずゆっくり心を育て直していこう
2023年3月9日木曜日
不健全な罪悪視とヒステリック性の関係
子どもの頃に抑圧した欲求が出口を探して、
2023年3月8日水曜日
不健全な罪悪視とロマンス依存と大うつ
2023年3月7日火曜日
あなたのそれ、罪悪感ですか? 不健全な罪悪視ですか?⑤
最後に、
不健全な罪悪視に伴っていく困った意識作用のお話です。
ひとつは、とことんダメ出し。
自己断罪です。
言葉だけでなく、
自分を叩くなどの行為を持ち出す人がいます。
あなたの中のサディスティック要素にお気づきですか?
また、
親に責められただけで、
あとは自分で考えろと突き放されてしまうような体験ばかりだと、
責めればお終いという対処法を学んでしまいます。
自己を断罪することで存在価値を高めたり、
確かめようとする誤った防衛法です。
痛みを増長する行為なので気をつけてください。
もうひとつは反復行動です。
同じ行為を何度も繰り返してしまうことですね。
支配をしてくるような人にわざわざ近づいて、
自己の存在価値を確かめようとする行為に及びます。
あなたのなかのマゾヒスティック要素にお気づきですか?
頭の片隅にそうなるかもと予感しながら行為に及び、
やっぱりこうなるんだよね、
やっぱりダメな子なんだと、
証明するような行動に出る場合は、
それで自己の存在を確かめようとする誤った防衛法です。
どちらも、
罪悪視のなかで本当の自分という存在が曖昧になってしまい、
何とかして、
自分を感じようとして持ってしまったスキルではないでしょうか。
どれも外してください。
それら妨害するものを理解して持ち出さず、
生活をしてみてください。
新しい意識改革のもと、
あなた本来の好きや嫌いのセンサーや、
本来の自然な感情が活躍できるようにしてあげてくださいね。
2023年3月6日月曜日
あなたのそれ、罪悪感ですか? 不健全な罪悪視ですか?④
不健全な罪悪視の説明をしています。
子どもが怒りを表現した際に、
怒りの発端になった子どもの要求に焦点が当たるのではなく、
親側の要求に焦点が当たっている対処方法で、
怒りの扱い方が不健全になっていきます。
たとえば、
出来てなければいけないと常に怒られたり、
ダメな子、
馬鹿ね、
頭が悪いわね、
どうしてあなたはいつもそうなの、
何もできないわね、
いったい何回言ったらわかるの、
等。
このように、
恥をかかせたり、
家族の前でからかわれたり、
揚げ足を取られたり、
孤立させるなどの恐怖を子どもに何度も味合わされると、
子どもは『尊厳を守られる感覚』がわからなくなります。
子どもは、
存在そのものを’罪’と受け取ってしまいやすい。
繰り返すうちに子どもは、
怒りを出したらいけない、
感情を出すのはいけないことだと学習します。
対処した親側は、
意識したかどうかは別として、
子どもに罪意識を持たせたほうが、
親側の要求のほうへと誘導しやすくなるのを覚えます。
さらに誤った対処法は、
内なる要求をうまく言葉で表現できない親自身も、
この経緯の経験者なため、
不機嫌という形で周りに知らせる以外の手段を知りません。
結果、
子どもは親の怒りを鎮めるために、
『ごめんなさい』を選択し、
安全を確保しようと努力します。
いつのまにか家庭が、
監視と監修のような関係に至ってしまいます。
子どもの頃に親から教わった対処通りに、
間違った場合は、
自分に罪悪視を向けるべきだという内容が身につきます。
その後長い間、
不健全な罪悪視を使い続けるのは、
親の姿をそのまま自分の意識の中に落とし込んでいるためです。
罪悪視で自分を見るように、
きっと他人もそう見るに違いないと考えてしまい、
神経症や不安症になります。
もしかしたら、
罪悪視を持っているあなたに対して、
もっと自信を持っていいんだよと援助してくれた人の言葉を、
あなた自身で、
撥ね退けてしまった経験がひとつぐらいはあるのではないでしょうか?
これからは、
不健全な罪悪視を持ち出したときは、
できるかぎり分別してください。
前を向きたいと願っているときに、
足を引っ張るような苦しいベクトルは、
あなた自身で気づいて取ってあげてくださいね。
明日は、
不健全な罪悪視に伴っていく気をつけたい意識作用のお話です。
2023年3月5日日曜日
あなたのそれ、罪悪感ですか? 不健全な罪悪視ですか?③
子どもは『怒り』と『幼児性万能感』の力を通して、
自己主張をしていき、
自己主張を通すなかで、
『ありがとう』と『ごめんなさい』を学びます。
懺悔と感謝の学びといいます。
『ありがとう』のときは、
ちょっと照れた感じでニコッとします。
尊厳を守られてすごくうれしいです。
それを叶えてくれた協力に対して、
感謝を学びます。
『ごめんなさい』のときは、
償いというかたちのなかで抑うつ(シュン・・・)を経験します。
人間は、習わなくても自然と抑うつをします。
それを体験するのはなんと幼児期です。
ここでの抑うつは、精神疾患の’うつ’とは違いますので、
間違えないでくださいね。
抑うつの感覚と良くないことが紐づけられます。
自分のあの行為が『罪』という意識が湧き、
そして、
この罪悪感の体験を元手に、
どのように改善したら良くなるのかなぁと前向きに捉え直し、
具体的な改善策に繋げます。
つまり、
罪悪感は改善の動機のためにあるものという位置づけ。
理解する力、
意識の切り替え、
気分の切り替え、
内省から挑戦への切り替え、
という具合に使用するのが健全な罪悪感です。
償いという行為への結び付けでもありますが、
なによりもこの時期は、
改善すると人は成長し、
心地良い関係を改めてつくれるんだって喜びに、
スポットライトが当たっているかどうか。
これを学習してきましたか?
凹んでも、
温かい眼差しとアポートを受けて復活する体験に対して、
不健全な罪悪視は、
この状況を通り過ぎるかの如く、
責め立てて罰します。
ひょっとすると、
他者を通して、
こちらをたくさん体験してきていませんか?
続きは明日。
2023年3月4日土曜日
あなたのそれ、罪悪感ですか? 不健全な罪悪視ですか?②
先に健全な罪悪感を身につける過程をご説明します。
家族関係を見直す材料、
自己心育の材料にしてください。
三つ子の魂百までって言葉ご存知ですか?
これね、心育の重要性を表現しています。
幼児期前半までに、
・温かなまなざしが常に自分に向けられている体験→健全な自己愛、
・養育者が側にいて、訴えると与えられる安心感の体験→基本的信頼感
見守ってくれる存在が必ずある感覚が宿ります。
そこから一人で居られる能力を育てます。
そして次に、
原初的な生理的感情の『怒り』の扱い方を学びます。
この頃、
人間は幼児性万能感をもっているため、
自分を世界の中心だと思い込む力があります。(これは健全)
要求に対して周りの人に返してもらえない場合、
イヤイヤ病が始まります。
この時期の怒りは、意識して止められるものではありません。
(自然な感情というものの原初形です)
出てきた怒りを自分はどのように扱ったらよいのか、
怒りをどのように洗練させて、
自己主張や自己表現に繋げるたらよいのかを、
親を通して学びます。
これは、個性の土台になりますのでとっても重要です。
怒りの原因になった子どもの要求に焦点が当たって、
対処するのが健全です。
それが欲しいの?でも困ったね・・・・という感じ。
そうでないと、
子どもは何に怒っているか自分でもわかりません。
生理作用の発露と状況を紐づけるのは親の役目です。
要求に対して、
こういう理由で今は無理なんだよという場面がないと、
子どもは尊厳を守られた感覚がわかりません。
たとえ要求通りにならなくても、
尊厳を守られた感覚があるから、
人間の怒りは徐々に静まります。
(→宥めと諭しのトレーニングのところですよ)
この体験がたくさんあるほうが、
健全な罪悪感の勉強がスムーズにいくようになります。
落ち着いて身につける土台であり、必要な環境です。
一方、
子どもに対して、
弱々しい親、いつも緊張している親、厳しすぎる親、忙しい親だと、
子どもより親のほうに焦点が当たってしまって、
子どものためになる対応が出来なくなってしまいます。
子を持つ親も、
家庭を守るために一生懸命に努力をしていますが、
ちょっとの意識の差で、
心育の土台が違ってしまうという事実があります。
続きは明日。






